全国通訳案内士試験二次口述の通訳(外国語訳)課題に取り組むにあたり、初心の方が最初に感じる困難が「問題文の読み上げが早いため、これをメモに書き取ることができない」です。
そして、これを無理して書き取ろうとすると、判読不能なメモになってしまい、結局、問題文の内容を再現できないので、訳出もできない、ということになります。
この点につき私は、「通訳は英作文とは違う。通訳においては、日本文は書き取るのではなく覚えるのです」というふうに説明します。
では、本試験において試験委員の日本文の読み上げの速度が極めて遅く、受験者が十分に書き取れるぐらいのスピードであった場合はどうでしょうか。
実は、受験者の報告によると、そうしたケースが実際にあったそうです。
この場合、受験者は問題文を全て書き取るべきでしょうか?
答はノーです。
「問題文は書き取るのではなく覚えるべし」という方法論は、「全メモは時間的に間に合わないからその代替手段として記憶せよ」という意味ではありません。
問題文を記憶すること(リテンション)は、通訳技術の中核なのです。たとえ問題文のスクリプトが手元にあっても、内容を記憶しなければ訳せないのです。
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本試験の通訳では、問題文は音声の聞き取りのみで提供され、スクリプトはもらえません。
ではかりに、問題文のスクリプトが最初にもらえた場合はどうでしょうか。ノートを取る必要がなくなるので、楽々と瞬時に訳せるでしょうか?
実は、この答もノーです。やってみればわかります。スクリプトが手元にあっても、それをじっくり読む時間を取らなければ訳せません。時間をおいて訳すのは通訳における「時間要件」(訳出は即開始)を満たしておらず、それは「通訳」とはいえません。
書面を見てそこから通訳をするのは、プロの会議通訳における「サイトトランスレーション」という技術です。これは、プロの通訳者でも苦手とする人の多い、きわめて高度な、通常の通訳とは異なる技術なのです。
このように、たとえ問題文の読み上げ速度が遅く、受験者が全て書き取れるスピードであっても、受験者は「覚えること」を怠ってはならないのです。
しかし、人間は易きに流れる性質があります。
一般に「メモを一生懸命に取る」は、熱心な態度として褒めてもらえます。学校の授業で、生徒がノートを取らずにいると、先生から怒られたりします。
しかし「書き取る」と「記憶するために聞く」では、どちらの方がキツイ作業かというと、実は後者の方なのです。
これは「通訳聴き」を実践していればわかります。
すると、全部書き取れるほどゆっくりな問題文の読み上げにあたると、受験者は「全部書いてラクをしよう」という方向へ流れてしまうのです。
こうすると「聴く」(記憶する)がおろそかになってしまい、訳せないことになってしまいます。
このように読み上げがゆっくりな試験委員に当たれば、一見ラッキーのように思われますが、実はここには「全部書き取ってラクをしよう」という危険な誘惑が潜んでいることになります。
通訳は「リテンション」(記憶)です。

