花見と通訳ガイド試験と4

 

神田川沿いに花見に行った際、私が必ず寄るカフェがあります。

ハワイアン雑貨屋Monstera さんです。今年の3月に改装して、OKA808 となっていました。

ここには、桜を間近に見ながらハワイアンコナコーヒーを楽しめる特等席があります。毎年、私はここで楽しませてもらっています。

 

 

 

私は、ここのママさんに「年に一度、桜の時期にだけふらりと現れる謎のYouTuber」として認識されているようです(笑)。

すっかり顔なじみになり、今年もお会いすることができました。

今年からは、経営を娘さんたちに譲られ、それに伴い、店舗を雑貨中心からカフェ中心へと改装されたようです。

全国通訳案内士試験二次口述で、桜に関する出題はたくさんあります。

訪日外国人観光客の間での桜フィーバーぶりは、ニュース等でよく報道されていますし、実際に見ることも多いので、これは誰しも納得でしょう。

プレゼンテーションだけでも、「お花見」(2018)、「桜前線」(2017、2023)と3回出ています。

(「お花見」のモデルプレゼン掲載『モデル・プレゼンテーション集 過去問編Ⅹ』)

上記モデルプレゼンより一部抜粋します。

お花見という習慣がどのように始まったか、その歴史を説明する部分です。

With sakura associated with Shintoism and beauty, emperors and nobles during the Heian Period held sakura-viewing parties. Seeing life in the fleeting and ephemeral beauty of sakura, they composed a great number of poems. O-hanami spread to samurai and commoners as a pastime during the peaceful Edo Period. The Eighth Tokugawa Shogun, Yoshimune, ordered that sakura trees be planted in Edo, present-day Tokyo, and encouraged o-hanami, where people ate lunch and drank sake.

(桜は神道と美に関連しており、平安時代の天皇や貴族らは、桜を鑑賞する会を催していました。彼らは、桜のはかない束の間の美の中に人生を見出し、大変な数の歌を詠みました。お花見は、泰平の世が続いた江戸時代に、行楽の一種として侍や庶民の間にも広まりました。徳川八代将軍吉宗は、江戸、すなわち今日の東京に桜の木を植えるべき旨を命じ、お花見を奨励しました。このお花見において、人々はランチを食べ、酒を飲んだのです。)

お花見は、平安時代の歌会に起源があります。その前の奈良時代には、「花」といえばむしろ梅だったのですね(新元号「令和」の典拠になった万葉集の「梅下の宴」にあるごとし)。

このプレゼンは、以下のようなネタで締めくくってみました。

Incidentally, there is a Japanese proverb, “Hana yori dango,” or “Dumplings rather than flowers,” teasing those who go to o-hanami parties to eat and drink instead of appreciate the sakura.  With some major sakura spots such as the Imperial Palace not permitting eating or drinking, if you want to enjoy both flowers and dumplings, make sure you choose a place where eating and drinking are okay.

(ときに、日本の諺に「花より団子」というのがありまして、これには、お花見に行く目的が桜の鑑賞ではなく飲み食いである人達に対する、からかいの意味が込められています。メジャーな桜の名所の中には、たとえば皇居のように飲食を禁じている場所もありますから、もし皆様が花と団子の両方を楽しみたい、というご希望の場合は、飲食が許されている場所を選ぶようにしてください。)