リンカーンのゲティスバーグ演説を音読で味わう

日本で英語の勉強をする際、英検、TOEIC、通訳ガイド試験、といった資格試験の合格をインセンティブにするのは、良い方法です。

ただ、こうした試験に挑戦するには、単語・文法等、ある程度の基礎力が必要です。この基礎力はどのようにして身に付けるのがいいでしょうか。

中学生ぐらいの方なら、学校の教科書等でよいでしょう。しかし、大人が英語の基礎を固める際には、①もう少し実践的で、②内容的に大人の知的レベルに合っており、③一般教養として頭に入れておきたいと思える、ような素材が適切です。私のお勧めは、有名英語スピーチの音読・暗唱です。

有名英語スピーチの音読・暗唱は、昭和の昔から(あるいはもっと遡るかも)ある勉強法です。最もポピュラーな素材は、リンカーンのゲティスバーグ演説ですね。

私は、昭和の頃の英語の達人たち(NHKラジオ英会話の先生だった松本亨先生や東後勝明先生など)の真似をしようと、高校生の時にゲティスバーグ演説の英文を図書館で調べてきたことがあります。ただ、当時の私には難しすぎて、音読・暗唱は挫折しました。

Fourscore and seven years ago, our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.
(今から遡ること87年前、我らが父祖はこの大陸の上に、自由の名の下にその生を受け、全ての人間は平等に作られているとの命題に捧げられた新国家を打ち立てました)

という出だしで、当時の私はもう挫折です。この一文をきちんと味わうためには、①英語の知識(例えば “conceive” には「受精する」という意味があり、 “-ceive” は、 “receive” などに通ずる)、②世界史や憲法などの知識(市民革命のキーワードは「自由」である)、③論理の知識(「命題」 “proposition” が正しければ、新国家の樹立が正当、と主張できる、という三段論法)、などが必要です。

ちなみに、最後の “all men are created equal” の部分は独立宣言からの引用であり、後に福沢諭吉の『学問のススメ』において「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず、といへり」と和訳されています。

この最初の1文だけでも、これだけの「濃さ」があります。これを踏まえた上で、英語として正しい発音で、上記の英文を音読暗唱できる高校生は、相当優秀な人でしょう。平凡以下であった私には無理でした。

ただ、せめて演説の最後の有目な部分「人民の人民による人民のための政治」(government of the people, by the people, for the people)だけでも覚えよう、と頑張り、とりあえずこれだけは暗唱しました。

…and that government of the people, by the people, for the people shall not perish from the earth.

この一節は、は民主主義の神髄を端的に表したもの、として超有名ですが、ちゃんとその意味が解っている人はそれほど多くないように思います。

この意味は、「人民を統治するには、人民の手により、人民のために行わなければならない」ということです。言い換えれば、「国家による統治は、国民の自由の制限を伴うのだから、その制限は国民の手で、国民の利益を目的として行うのでなければ、それは正当化されない」ということです。

つまり、「自由主義を最大限実現する手段が民主主義である」ということです。まさに演説冒頭の「自由の名の下にその生を受け」(conceived in liberty)と「自由」という市民革命のキーワードと連動しているのです。

この解釈があまり知られていない理由は、おそらく “government” を「政治」や「政府」とする和訳が一般化してしまったことだと思われます。ここは「統治」の方が、解りやすかったでしょう。

さて、こうした内容は、当時の私には知る由もありませんでした。ただ丸暗記しただけでしたが、私はこれが無駄だったとは思わないのですね。後にきちんと勉強し直す基礎になりましたし、何よりも「英文を音読し、暗唱する」という体験をしたことは、後の英語学習にとって大いに役立ったと思っています。
(つづく)