全国通訳案内士試験二次口述のプレゼンで「血液型」というトピックが出題されたことがあります(2015年度)。
これは日本発祥の「血液型占い」のことですね。
日本人は、世間話のつもりで「あなたの血液型は?」と普通に質問します。しかし海外にはその文化がないので、外国人に対してこれをすると「なんでそんなことを聞くの?」と不審がられます。この文化的摩擦をガイドとして解消せよ、というのがその出題趣旨です。
『モデル・プレゼンテーション集過去問編4』(「血液型」のモデルプレゼン掲載)
実はこの問題は通訳ガイド試験伝統の問題で、昔、一次筆記試験がまだ記述式であった頃、英作文の問題で「ある外国人が『さっき日本人に血液型を尋ねられた。何でそんなことを訊くのだろう』と不思議がっています。この外国人に対してあなたは英語で何と説明するか、書きなさい」という問題が出たこともあります。
この文化的相違に基づく誤解を避けるための説明のポイントとしては、①日本には「血液型占い」という独特の文化が存在しポピュラーである、②内容は、人の性格や互いの相性を推量するものであり、星占いのようなものである、③よって何の悪意のない世間話に過ぎない、ということになります。
説明するための英語の語彙としては、血液型性格論(blood-type personality theory)、相性(compatibility)、星占い(horoscope)、世間話(small talk)、などが必要です。
この出題は、まさに「言わせようとしていることが明確に存在する」出題であり、答えるにあたってはこのピンポイントでの知識が必須となります。私の言う「閉じたトピック」です。
さて、上記の③についてですが、なぜそもそも外国人は「血液型を尋ねる」ことについて、「悪意」を疑うのでしょうか?この点を理解しなければ、この文化的摩擦についての理解としては十分とはいえません。
実は海外では、血液型のような生物学的・遺伝的情報を基に人の性質や価値を分類する行為は、優生学を連想させ、強い警戒心を呼ぶことが多いのです。
優生学とは、19世紀末から20世紀半ばにかけて欧米の多くの先進国で受け入れられていた思想で、進化論や遺伝学を人間に適用し、「集団の遺伝的質を高める」ことを目的としました。しかし、この考え方は人間を遺伝的特徴で優劣づけるものであり、ナチスによる残虐な政策にも利用されました。
全国通訳案内士試験 二次口述過去問詳解ダイジェスト(平成27年度分)
優生学を英語でeugenicsと言います。
日本語の「それは優生学的だ」 は英語で “That’s eugenic!”ですが、日本語と英語ではインパクトが異なります。
英語のeugenicは、discriminatoryやracist等と同義で、“That’s eugenic!”は“That’s discriminatory and dangerous!”(そんなのは差別思想だ!とても不適切で許されない発想だ!)という、 かなり強い非難・警告 のトーンになります。
つまり、血液型という遺伝情報で人の資質を云々する⇒優生学を連想⇒優生学はナチスの人権侵害の基礎となった⇒ナチスの人権侵害は絶対悪、という流れで、悪いイメージと結びつくのです。
日本はナチスの人権侵害を受けた側ではなかったので、まさにナチスの影響をダイレクトに受けた欧米とは、意識や感情のレベルが異なるのです。
血液型占いは人に優劣をつけるものではないし、分類に科学的根拠がない点もおおむね共通認識で、そのレベルは星占いと同程度となっています。
日本は別段、本来何の悪意もない血液型占いを廃止する必要はありません。
これは良し悪しよりも感情の問題なのです。
事情を知らない外国人に対して血液型を尋ねるのは、あまり適切な話題提供とはいえないでしょう。そもそも、この文化がない外国では、自分の血液型を知らない人も多いので、I don’t know. と答えられて会話が終わってしまいます。
もっとも求められた場合には、通訳ガイドとしてはこうした背景を踏まえた上で、説明ができる必要があります。
その説明の際、特段「優生学」や「ナチス」といったワードを出す必要はありません。以上の背景を踏まえた上で、柔らかく説明することが大切です。
具体的な説明英文については、上掲の書籍のモデルプレゼンを参照してください。


